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それを隣に座る景綱が尚もジト目で見つめる。

「殿。それが事実だとして、貴方面白がってますね?」

「おっ、もう復活したのか?俺は、てっきりお前がこれは疲れて幻覚が見えるんだとか現実逃避すると思ったぜ」

「………」

出来るならそう言いたかったと告げる眼差しに、藤次郎は笑う。

その目の前の二人を疑わしげに眺める小十郎に政宗はやれやれと肩を竦めた。

「信じられねぇだろうがこれは事実だ、小十郎。俺も蔵の前で藤に遭遇した時は驚いたぜ」

なんせ、自分が目の前にいるんだからな、と政宗はその時の事を思い出して言った。

「……政宗様、藤と言うのは」

「あぁ、藤次郎の藤だ」

「そうですか。…では、藤次郎様」

自分の主君では無いがこんなにも姿形が似ていて、尚且つ伊達の血筋の者であるというならば流石に呼び捨ては憚られた。

名を呼ばれた藤次郎は、とくに驚いた様子もなく何だ?と普通に返す。

「貴殿方がこちら側へ来たと言うならば、これからどうなさるおつもりで?」

「そ、そうですよ殿!面白がっている場合ではありません!早く帰らねば、昼には信玄公との会談が…!」

ヒタリと静かに問う小十郎に比べ、うちのは…

まるで静と動。

「ちょっと黙ってろ景(カゲ)。…そうだな、こっちへ来れたんだ。こっち側から例の蔵に入ってみるか、って考えてんだがアンタはどう思う?」

藤次郎は試すような視線を小十郎へと向けた。

小十郎はそれが真の事ならば、と前置きし答える。

「試してみる価値はありましょう」

「だとさ、政。お前の腹心もこう言ってんだ、やっぱ蔵に行くしかねぇな」

わくわくという表現が付きそうな雰囲気で言う藤次郎に政宗は眉を寄せた。

「だからって今すぐには行かねぇぞ。人の目があるうちはな」

「…僭越ながら、私も同感です。早く戻りたい気持ちはありますが、こちらの方々の迷惑になるような行動は慎むべきかと」

藤次郎の素行を知り尽くしている景綱はこれ幸いとばかりに政宗の言葉に便乗した。

「わぁったよ。夜に決行だ。ただし、景。お前がそう言った以上向こうに帰った時、昼過ぎてて会談に間に合わなくても文句は言うなよ」

「殿…!面白がってるだけかと思ったらきちんと考えていて下さったのですね!」

隣に座る景綱は、感激に瞳を潤ませ藤次郎に詰め寄った。

「まぁな」

言質はとった。これで帰った時、小言は言われまい。

藤次郎は心の中でニヤリと笑った。それを景綱は知らない。

…はぁ。にしても、やっぱコイツが小十郎ってありえねぇ。

そして、政宗の方は景綱の行動に更なるショックを受けていた。

認め難い現実は誰にでもある。

なんにしても、夜にならなければ何も出来ないワケで。

「政宗様には本日中に目を通して頂きたい書がいくつか御座います」

「ah〜、OK.藤、お前等は日が落ちるまでこの部屋で大人しくしてろ。念の為、人払いはしておく」

政宗は立ち上がり、小十郎と共に部屋を出る。

「心遣いありがとうございます。殿は私がしっかり見張っておきますので」

「おいおい、俺ってどれだけ信用ねぇんだよ。ガキじゃあるめぇし」

藤次郎は胡座をかいた膝の上に肘を置き、頬を乗せた。

呆れたような物言いをする割りに、その瞳は油断無く部屋の中を動いている。

障子が閉まり、二人の気配が遠ざかったと同時に屋根裏に現れた希薄な気配に藤次郎はやっぱりな、と口端を吊り上げた。

「アイツはお前より警戒心が強いな」

付けられた忍の存在に、景綱は目だけを上へ向けて頷く。

「当然でしょう。違う世界、同じ存在など到底受け入れられるものではありませんから」

景綱が真面目な顔して言えば、何故か藤次郎は左目を見開いた。

「殿…?」

「お前本当に景綱か?」

「は?」

「さっきからいやに素直に受け止めるじゃねぇか」

まさか偽者じゃねぇだろうな、と疑いの眼差しを向けてきた藤次郎に景綱は肩を落とし、おまけにため息を吐いた。

「はぁ〜、何を馬鹿な事を。だいたい殿の側に居れば嫌でも慣れます」

いいですか、と自分の今までの所業をつらつらと聞かされる破目になった。

コイツは間違いなく、俺の世界の景綱だ…。



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